エピローグ
1
太陽が、じりじりと照りつけている。
麦わら帽子をかぶった少年が二人、地面にくっきりとした影を落としながら、一心に草むしりに励んでいた。
背の高い方の少年が立ち上がって伸びをし、少し離れた位置にいるもう一人の少年に呼びかけた。
「おーい、慎二。進んでるかあ?」
慎二はちょうど大きな根を掘り起こしたところだった。
顔を上げて額の汗を首にかけたタオルで拭う。
「こっちは、まあまあだよ――大介はどう?」
大介は近くに置いてあったやかんに口をつけて水をごくごくと美味しそうに飲んだ。
「ぷはっ、水がこんなにうまいとは知らなかったぜ。――こっちも完璧だ。見てみろ、もうこんなにきれいに――痛え!!」
遠方から飛んできた空き缶がみごとに大介の頭にヒットした。
「――冴枝っ、何すんだてめえ!」
大介が振り返って怒鳴った先には、冴枝が片手で日傘をさし、反対の手を腰に手を当てて立っていた。
「――なーにが完璧だ、よ。桐嶋の方がよっぽど進んでるわ」
「まあまあ、榊さん。僕が手伝ってもらってるんだし、そんなに怒らなくても……」
慎二はやんわりと仲裁しようとしたが、
「だめよ、桐嶋。こういう機会に唐沢の腑抜けた根性を叩きなおしてやらないと!」
「何言ってんだ! 俺のどこが腑抜けてるって?」
「同棲してた彼女さんと別れて一週間も学校に出てこなかったのは、どこのどなたでしたかしら?」
「くっ、……それとこれとは関係ないだろうが!」
「おおありよ。実際、全然草むしり、進んでないじゃない。今朝から何時間経ったと思ってんの?」
「うるせえな、だったらお前も手伝えよ!」
「あたしは監督係なの! 進行状況の管理役が必要でしょ!」
「こんなだだっ広い庭、二人でやるなんて無理あるだろ!」
「なんですって? あたしの計画通りにやりさえすれば――」
と、完全に逆効果になってしまった。
「ふう……」
慎二は思わず溜息をついた。
「喉、かわいたな……」
まだ何か言い合っている大介と冴枝を他所に、慎二はやかんを持ち上げた。
「…………」
空だった。大介め、全部飲んでしまったらしい。
「はー……」
二度目の溜息をつきながら、慎二は仕方なく玄関へと向かった。台所の冷蔵庫になら冷たい飲み物があるはずだ。
玄関の扉を開くと、涼しさを帯びた空気が慎二を出迎えた。
「――ああ、冷房、つけといて正解だったな」
火照った体がひんやりと冷やされて気持ちがいい。家の中が広すぎて電気代がかかるので、空調をつけるのを普段の慎二は極力控えるようにしていた。
(まあ、でも、今日くらいはね)
心の中で呟きながら、慎二は食堂の奥の台所まで歩き、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出した。
きんきんに冷えた缶のふたを開けると、空気が吸い込まれて、ぷしゅっといい音が鳴る。
ごくり、と最初の一口を飲み込むと、ようやく慎二は人心地がついた。
あれから二ヶ月が経ち、季節は夏真っ盛りだった。
今日は夏休みの二日目である。
昨日、冴枝は大介を引き連れて慎二の家にやって来た。
――今からあんたの家の大掃除をします
そう言っていきなりずかずかと上がりこまれた慎二が呆然としている間に、冴枝は大介に次々指示を出して掃除を始めてしまったのだった。
いつも使っている部屋はともかく、数年間ほこりが積もるままになっていた部屋の掃除は大変だった。だが意外にも大介が率先して機敏に働いてくれたことと冴枝の的確な指導のおかげか、なんとか一日で広い屋敷のほぼ全てを掃除することが出来た。
数年ぶりに見る清潔な部屋の数々に感動した慎二が礼を言うと、冴枝は
――まだ終わってないわ。明日は庭の草むしりよ
と、やる気をみなぎらせていた。
大介はかなり疲労していて嫌そうな顔をしていたが、それでも冴枝と一緒に今朝も手伝いに来てくれたのだった。
「だから、今日は僕もがんばらないとな……」