By the words of WIZARDS

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  •   第五章 悪魔の釜  

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    『僕が倒した――か。言うじゃないか、桐嶋』
    「うるさいな……桂先生が、なんて言える訳がないだろ」
     冷やかす様な桂の言葉に、慎二はつっけんどんに答えた。
    『いや、そういう意味じゃないんだが……っと』
     部屋を出てホールに降りると、冴枝が大介を介抱していた。
     大介は壁に背をつけ、足を広げた体勢で眠っているようだった。
     その横で心配そうに大介を見ていた冴枝は慎二に気付くと、怪訝そうな顔で言った。
    「何一人でぶつぶつ言ってるの、桐嶋」
     慎二は若干慌てたが、
    「いや、ちょっと考え事をね。……こんな事になるとは思ってなかったし」
     と咄嗟に取り繕った。もちろん本心からの言葉でもあった。
    「大介は平気そう?」
    「ええ……治療も何もないけど……。傷口が焼けたお陰で、出血はしてないのが救いだわ」
    「あ……そうだ、救急車を呼ばないと」
    「もう呼んだわよ、さっき、携帯で」
    「そう……ごめん。僕が一番先に呼ぶべきだった」
    「仕方ないわ……気が動転しないほうがおかしいものね……」
     冴枝は悲しそうに大介の顔を見た。大介の寝顔は穏やかだった。つい先程までの恐慌が嘘のようだったが、それがかえって、慎二の罪悪感を強めた。
     慎二は二人の傍に腰を下ろし、深々と頭を下げた。
    「榊さん、本当に済まない……榊さんも、大介も、僕が巻き込んで、怪我をさせた。どんなに謝っても足りないかもしれないけど、ごめん」
    「そんなこと――桐嶋のせいなんかじゃないわ。あんたを責める権利なんて、誰にもない。第一、ここに来ることを提案したのはあたしよ。責任があるとすれば、むしろあたしの方だわ。それに――」
     続く冴枝の言葉は意外なものだった。
    「はこうなるかもしれないと分かっていたのに、あたしは黙っていたのよ」
    「え――?」
     驚く慎二を他所に、冴枝はポケットから何かを取り出した。
     生徒会室でも見た、冴枝の携帯だった。
    「でも可能性は、あの段階では限りなく低いと思った……実際に体験していなかったからでしょうね……自分の推測をどこかで軽視していたわ」
    「美千瑠が二人居るっていう話……? それなら、確かに本当だったよ。あの西尾って人が言ってた――って、そうか。榊さんは知らないのか……」
    「いいえ、あの男の話は全部聞いていたわ」
    「え…さっきは気を失っていなかった?」
    「そんなもの、振りに決まっているじゃない」
     あっけらかんと言う冴枝の様子に慎二はしばし唖然とした。
    「振りって……拳銃で撃たれたんだよ? そんなに落ち着いてられる?」
    「空砲だったじゃない」
    「そうだけど……」
    「女は度胸よ」
     冴枝はそう断言し、話を続けた。
    「御牧のこともそうだけど……それは直接的にはあまり重要じゃないわ」
    「他にも何か、あるんだね?」
     慎二の問に冴枝は力強く頷いた。
    「ええ……御牧美千瑠はあたし等に害を加えたりはしない……少なくとも協力は出来ると思ってる。何故なら、あたし等を襲ったあの男は、御牧の姿を偽っていたし、御牧を拘束してもいた。西尾はあたし等と御牧の共通の敵ってことになるわ」
    「呉越同舟ってこと?」
    「そう……同じ敵を相手にしている間なら、共闘は出来るはずだわ」
    「まあ、そうだね……」
     美千瑠をどこか信用しきっていないような冴枝の言い方が少し気にかかったが、慎二は相槌を打った。
    「桐嶋……あたしが学校で電話をしてたこと、覚えてる?」
    「うん、よく覚えてる……どこにかけてるのかも、教えてくれなかったし」
     しかし、冴枝が通話をしていた時間は僅か一分にも満たなかった。そんな短時間の会話に意味などあるのだろうか?
    「あれは、理事長のオフィスにかけたのよ」
    「理事長……? どうして番号、知ってたの」
    「昨日、高校に理事長と西尾が来た後、念のために調べておいたわけ」
    「もしかして榊さん――大介のお父さんを疑ってる?」
    「ええ」
     冴枝は一言で肯定した。
    「オフィスに電話をかけたとき、出たのは理事長の女秘書だった……理事長はここ数日、バカンスのために休みを取っていて出勤していない。――そう言われたわ。でも理事長はあたし等の前に現れたばかりだった。わざわざ嘘をついてまで休みを取るなんて、普通はしない。その時に、もしかしたら、と思ったわ」
    「――――」
    「どうしてそれだけでって目ね……」
     それはそうだった。いくら西尾が理事長の付き人だったからと言って、理事長まで疑うのは早計に過ぎると慎二は思った。
    「桐嶋、よく考えなさい……あたしは、最初にあんたから話を聞いた時点で、確証が無いにせよ、理事長が怪しいと気付いたのよ……」
     慎二は昨日の四時限目以来の出来事を、全て思い返してみた。
     金色の眼――これは分身の美千瑠が慎二を本体の居る部屋へ誘導するためのものだった。
     消えた通路の奥の部屋――コイル≠フ起動方法を知る美千瑠の本体がそこに居る。
     本物の美千瑠――彼女については慎二は殆ど何も知らないに等しい。
     これらは全て慎二が冴枝に語ったことだが、いずれも理事長に結びつく手掛かりになるとは思えなかった。
     その時。
     唐突に慎二は全てを理解した。
    「そうか――」
     慎二にしても、冴枝にしても、理事長と直接に接触する機会は一度きりだった。
     放課後、西尾を引き連れて突然やって来た唐沢元。
     その時彼は何を要求していたか?
    「――本校舎の、解体」
     慎二は結論に辿りついた。
     御牧美千瑠、あるいはその分身による誘導が無ければ入れない部屋。
     本校舎四階の文化部の聖域≠ノある、その部屋を探し出す為に、ある意味で最も確実な方法――。
    「その通り。西尾が、事情を知っているあたし等を、殺そうとした事ではっきりしたわ。――理事長は本校舎を物理的に破壊して、御牧美千瑠の本体を、コイル≠フ起動方法を、抉り出そうとしていたのよ」
     冴枝がそう口にする間にも、慎二はその先へと思考を走らせていた。
    (ということは――)
     慎二は携帯を取り出して時間を確認した。
     午後七時三十分。高校にはとっくに誰も居なくなっている時間だった。
    「榊さん、これはまずい……」
    「え? 何が?」
     冴枝はきょとんとした顔で慎二を見た。
     慎二はじれったさを感じながら冴枝に言った。
    「西尾が今日、ここに現れた。――この意味はなんだと思う?」
    「それは……あたし等の口を塞ぐためでしょう」
    「いや、本当の目的は違うはずだ……もしそうなら、僕を殺そうとするはずはないんだ。仮にも僕は、あの部屋の場所を知っている唯一の人間なんだからね。捕虜にして自白させたほうがいい。それに、西尾の力があれば、僕らを殺すことはいつだって出来るんだ」
    「じゃあ、何だっていうの?」
    「西尾は美千瑠を殺すか、ここに拘束しておく為に来たんだと、僕は思う。たぶん、僕たちを待ち伏せたのはそのついでだろう」
     冴枝は怪訝そうな表情を浮かべた。
    「拘束? 何のために?」
    「理事長は、今夜、上ヶ崎高校を破壊する気なんだよ」
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