By the words of WIZARDS

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  •   第四章 白銀の月光  

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     なし崩し的に大介を加えた一行は、慎二の家に着々と近づきつつあった。
    (困ったな……結局ついて来ちゃったよ)
     大介の予想外の闖入にどう対処するべきか、慎二は頭を悩ませていた。
    (御牧さんが家に居るのを知ったら何を言い出すか……。それに、彼女には聞かなくちゃならないこともあるし、かといって話を大介に聞かれるわけにも……)
     慎二は冴枝の様子を横目で伺った。大介が現れてからというもの、冴枝はそわそわと落ち着きを失っているようだった。時々ちらりと大介の方を見てはすぐに目を逸らして顔を赤らめたりしている。
     普段から一緒に下校しているのだから過剰な反応とも言えたが、冴枝にしてみれば、十字路で早々に別れるいつもの展開とは異なる状況に戸惑いを抑えられないのだった。それも、事前に全く予期していなかったのだから、動揺するのも当然といえば当然だったが、慎二にとっては有難くない事態だった。
    (だめだ……今の榊さんはアテにならない……)
     もはや慎二ひとりでどうにかする以外にない。
     目的地がすでに間近に迫っている。今更大介を追い返すことは難しいだろう。無理やりそんなことをしようとすれば、大介が慎二と冴枝の仲を本気で勘違いしてデバガメになってしまうかもしれない。
     しかし大介と美千瑠が出会うことも避けたかった。大介と美千瑠の過去も問題だったが、そのことよりも、大介をこの件に巻き込むことになるのが嫌だった。
    (こうなったら――御牧さんと大介を会わせないようにする。これしかない)
     無謀に思える作戦だった。だが事ここに到ってはそれが最善で唯一の策だと思えた。
     もう慎二の家の門はすぐそこまで迫っている。
    (覚悟を決めよう――)
     慎二の決意をよそに、大介が大仰な口振りで、
    「ひゃー。相変わらず、すっげえな、お前の家」
     と、目の前の門を見上げて言った。
    (御牧さんと同じ反応だ……『相変わらず』だけ違うけど)
     妙な既視感に慎二は苦笑しつつも、鞄から鍵を取り出して門を開けた。
     昨日美千瑠と一緒に(実際は慎二ひとりで)草分けをしたおかげで、今回はすんなりと家の扉の前まで辿り着いた。
     慎二は扉を開けようとノブを捻って引いたが、ガンッという音が鳴っただけで扉は動かなかった。美千瑠がいるので鍵を掛けずに出かけたはずだったのだが――。
    「あれ?」
     と思わず慎二は疑問を口に出しかけ、危うく飲み込んだ。大介は美千瑠が居ることを知らないのだから施錠がされていないほうが不自然に思うだろう。それに、考えてみれば美千瑠は慎二の家を隠れ家として使っているのだ。鍵も警戒した彼女が内側から締めたに違いない。
    「ここに来るのは……去年の冬以来か、慎二?」
     慎二の僅かな動揺に大介は気付いた様子もなく言った。慎二は上着のポケットに仕舞った鍵を探りながら大介に答えた。
    「そうだね……その時は榊さんも一緒だった。……あはは、今とおんなじだ」
     去年の十二月の末――クリスマスの日を慎二は思い出した。
     キリストの誕生を祝う年に一度の祭日を、慎二は自宅で何の予定もなく過ごしていた。いつもとさして変わらない、しかし鶏肉でやや豪華さを添えた一人分の夕食を自室に持ち込み、たまたまやっていたテレビの特番を見ながら食べ始めた直後、大介が部活の後輩と冴枝を引き連れて突然部屋に乗り込んできたのだった。
     ――よう慎二、一人で寂しくやってるか
     大介は既にしこたま酔っており、後輩はその介抱と宥め役に徹し、慎二と初対面だった冴枝は何故か不機嫌そうに終始膨れ面で黙り込んでいた。静かな夜が一転して賑やかになり、無遠慮な幼馴染の少年に慎二は迷惑しつつも、どこか楽しかったのを覚えている。
    「あの時はありがとう……家中散らかされたのは参ったけどね」
    「おう――俺こそいきなり押しかけちまって悪かったな。なんつーか、見事に玉砕してヤケになってたんだ。許せ」
    「玉砕――? あ、もしかして、御牧さん?」
    「お前、はっきり言うなよなぁ。俺の心はひどく傷ついた。たこ焼き倍な!」
    「みみっちいわね……というか、あんたのヤケ酒につき合わされたこっちの身にもなってみなさいよ」
    「そういえば、僕は榊さんとはあの時初めて会ったんだよね……なんで大介と一緒にいたの?」
    「え!? いや、あれはただ……」
    (つくづく、わかりやすい慌てぶりだなあ……いい加減大介も気付いてあげればいいのに)
     早口で何か言い訳めいた事を言っている冴枝を放置して、慎二は扉の鍵を開けた。
     その時、ひゅっ、と風を切るような音が聞こえた。
    「! ――慎二!」
     という大介の声が聞こえた時には、慎二の身体は前へと蹴り飛ばされていた。
    「うわっ」
     目の前の扉に正面から叩きつけられて慎二は声を上げた。大介は足の裏で慎二を押え付けたまま離そうとしない。
    「……何するんだ!」
    「っ――すまんが、慎二……じっとしててくれ。動いたら危ねえ」
    「はあ!? 榊さん、大介に言って止めさせて!」
    「……桐嶋、そのままでいたほうがいいわ……」
     姿の見えない冴枝の声は低く、微かに震えているようだった。
    (いったいどうなってるんだ!)
     大介の足を振りほどいて振り向こうとしたが、大介の足の力が一層強まった。硬い靴底が慎二の背筋にめり込む。
    「くっ……! ……動くなって言ってんだろうが!」
     大介に一喝され、慎二は仕方なく大人しくなった。
     その時慎二はふいに、小さな細かい音が連続的に鳴っているのに慎二は気づいた。
     じじじじじじじじ……
     音は慎二のすぐ近くから聞こえた。慎二の背中の、そう、ちょうど大介の足がある辺り――。
    「――へえ、なかなかやるじゃない、そこの人」
     女の声が聞こえた。慎二も知っている落ち着いたその声は、冴枝のものではなかった。
    「……御牧……? いや。……誰だ、てめえは」
     大介の声が恫喝するような響きに変わった。
    「てめえ、とはご挨拶ね。私は御牧美千瑠。あなたこそ、どなた?」
    「は! ……やっぱりな……御牧は俺の名前を忘れるような薄情な女じゃねえ。もう一度訊く……てめえは何者だ」
    「だから、私は御牧美千瑠よ。……そうでしょう、桐嶋くん?」
     慎二は混乱していた。声は聞こえるが、三人の姿が見えない状態ではどうしようもない。
    (大介はどうして足を離してくれないんだ――?)
    「騙されるな、慎二! 俺の知ってる御牧はこんな奴じゃねえ!」
    「この人、何を言ってるのかしら……私を信じてくれるでしょう?」
    「僕は――」
     その時、冴枝の声が割って入った。
    「御牧美千瑠――あんたがそうなのね」
    「……あら、貴女の顔は見たことがあるわ。生徒会長さんだったと思うけれど」
    「唐沢を……大介を解放しなさい……御牧美千瑠」
     冴枝は感情を極限まで押し殺した声で言った。
    「それは出来ないわ……あなた達には死んでもらいます」
     物騒な美千瑠の言葉に、慎二は慌てて反応した。
    「御牧さん、何を言ってるんだ!」
    「……もとはといえば、貴方が私を裏切らなければよかったのよ」
    「裏切る?」
    「私がここに居る間、誰にも連絡を取らないと約束したじゃない。なのに、こんな奴らを連れてきたりして」
    「それは――」
     慎二は反論しようとしたが、言い訳など存在しないことを悟った。大介のことは偶発的なことだとしても、冴枝を連れてきたことは、居場所を知られてはならない美千瑠からすれば確かに背信行為に他ならなかった。
    「貴方たち三人が門から入ってくるのを見て、私は驚いたわ――あれだけ釘を刺しておいたのに、ずいぶん怖いもの知らずな人たちだなって。そう考えて私は怖くなった。このままでは何をされるかわからない――だから罠を仕掛けた。当然でしょう?」
    「罠……?」
    「そうよ――聞こえないかしら?」
     じじじじじじっじっじじじじじ
     奇妙な音がまだ続いていた。慎二は首を限界まで回して、それを見た。
     線が走っていた。
     慎二の背中から数センチメートルの距離に、銀色に発光するピアノ線のようなものが、何本も垂直に交差して、慎二と大介を隔てる網のようになっている。
     レーザー光線のようなその網は、大介に蹴られる前に慎二が立っていた場所を通って、床から庇まで平面状に張り巡らされていた。
     慎二の体勢では見えなかったが、必然的に、大介の足は網を貫通していることになる。
     じじじじじじっじじじじっじじ
    「桐嶋くん、あなたにはお礼を言わないといけないわ。貴方が運んでくれた魔力のおかげで、ここまで力を回復できたのだもの」
     光の網の隙間から見える大介の額には、大量の汗が吹き出ていた。
     大介の背後では冴枝が美千瑠を睨んでいた。しかし美千瑠はそれを意に介せず、慎二の方を向いて話し続けた。
    「でも……こうなっては仕方が無いわね。貴方たちには、ここで死んで頂きます」
     肉が焦げるような臭いが鼻を突いた。
    「大介――まさか、足」
    「やっと分かったか、この野郎……ったくワケのわからんことに巻き込みやがって。たこ焼き、破産するまで奢って貰うぜ」
     冗談を飛ばして大介は不敵に笑ったが、それも痛みによる頬の引きつりを隠しきれてはいなかった。
     ようやく慎二は理解した。慎二が鍵を開けた時、この網が慎二を焼き殺そうとしたのだ。慎二を救った大介の足は、今、この瞬間、光の網に刺し貫かれている。少しでも位置をずらせば、レーザー光のような細かな網は文句なく大介の足を切断するだろう。
    「くっ……御牧さん、止めてくれ! 僕らは君に敵意はない!」
    「私だって、貴方を殺したくはない……でも貴方では、協力者として適任とは思えないわ」
     そう言いながら美千瑠は拳銃を取り出し、銃口を慎二に向けた。
    (くそ……とりあえず、時間を稼ぐしかない……その間に突破口を考えるんだ……!)
    「前から思っていたけど……君の目的は何なんだ? それが分からないんじゃ、協力なんて、しようにも出来ないよ」
     苦し紛れの慎二の言葉に、美千瑠は意外にも反応を見せた。
    「そうね……もう教えてもいいかしら」
    「冥土の土産ってか? ……ふざけやがって」
    「大介、黙っててくれ。……教えてくれるかな、御牧さん」
     美千瑠は少しの間、手を顎に当てて考えていたが、やがて決心がついたのか、慎二に向かって語り出した。
    「私の目的――というより、役目は――ある魔法の作動装置≠守ることです」
     それを聞くやいなや、大介がまた唸り声を上げた。
    「魔法だと……この女(アマ)、いいかげんに、」
    「大介、本当なんだ。彼女は普通じゃない力を持ってる。桂先生も、その力で殺されたんだ」
    「な――桂が、死んだ?」
    「ええ、そうよ。……もっとも、信じていただけなくても結構。貴方に話しているのではないもの。口を挟まないで下さいね」
    「……畜生……御牧の顔で喋るな……悪魔め」
    「大介、いいから……御牧さん、その魔法って?」
     大介に悪い気はしたが、今は美千瑠を会話に集中させておかなくてはまずい。慎二は話が途切れないように努めた。
    「コイル≠ニいう名前だったはずよ。私もよく知らないわ……」
    「知らない? 知らないのに、守っているの?」
    「ええ。それが私の役目だもの」
    「作動装置っていうのは、どこにあるんだい?」
    「それも、分からないわ。学校にあること以外は」
    「え――? それはおかしいな。どこにあるのか分からないのに、守りようがないんじゃない?」
     執拗な慎二の追求に、美千瑠は不愉快そうに顔を顰めた。
    「正確に言えば、分からないのでも知らないのでもないわ――自分の記憶を封印したのよ」
    「え、どうしてわざわざ、そんなことを?」
    「隠し場所を知っていると、それを敵に悟られるかもしれないでしょう。それに、私は上ヶ崎高校の敷地全体を守るだけの力があるから、知らなくても支障はない」
    「なるほど――」
     慎二は美千瑠にあわせてそう言ったが、本心では逆のことを考えていた。
    (彼女一人で作動装置とやらを守っているなら、隠し場所を知らないと不都合な事の方が多いはずだ。それをあえて忘れるなんて絶対におかしい――でも今は、そんな事は口に出さないほうがいいな)
     慎二が次の話題を探している時、大介が美千瑠に言った。
    「おい、お前」
     呼びかけられた美千瑠は面倒臭そうに大介を見た。
    「てめえ、の次はお前、ね……何かしら?」
    「見てわかんねえかよ。いつまでこんな格好させる気だ」
    「ああ……確かに足が疲れるでしょうね」
    「俺は解放しろと言ってんだ……このままじゃ俺の足だけじゃなく、慎二までバランス崩してバラバラだぜ」
    「ふう……仕方が無いわね。まあ、その罠の第一撃に反応できただけでも、大したものだわ。それに免じて、ってことでいいかしらね」
     そう言って、美千瑠は拳銃の先で素早く空中に軌跡を描いた。すると銀の網は跡形もなく消え去り、慎二と大介は解放された。
     二人はその場にゆっくりと座り込むと、大きく安堵の溜息をついた。
     その瞬間、美千瑠の横に立っていた冴枝が、彼女に猛然と飛びかかった。
    「――っ、榊さん! 駄目だ!」
     慎二は咄嗟に冴枝を制しようとしたが、とても間に合わなかった。冴枝は美千瑠を一気に組み伏せ、その手から拳銃を奪い取った。冴枝は拳銃を美千瑠に突きつけると、勝ち誇ったように言った。
    「まったく、舐めた真似をしてくれたわね……観念なさい、御牧美千瑠」
     うつ伏せに倒された美千瑠は反抗する様子も見せなかったが、ただ一言、
    「ふふふ……やっぱり、敵意、あるじゃない」
     と呟いた。慎二は必死の形相で冴枝に向かって叫んだ。
    「榊さん、その拳銃には――」
    「もう遅いわ」
     美千瑠は言いながらゆっくりと身を起こした。その右手からは一本の銀色の糸が伸びている。
     それは空中で何本かの糸に分裂し、それぞれが冴枝の身体の各部位に絡みついてた。
    「――っ」
     冴枝は一瞬顔を青ざめたが、手にした銃をもう一度美千瑠に向けると、迷わずに引き金を引いた。だが。
     カチン
    「――え?」
     カチン
     カチン
     カチン、カチン、カチン、カチン
     何度試しても弾は出なかった。
    「どうなって――」
    「どうもこうも、こういうことよ」
     美千瑠はスカートのポケットから、弾倉を取り出して冴枝に見せつけた。
    「この――」
     冴枝は弾倉を奪うため足を美千瑠に向けて踏み出そうとした。
     だが。
    「動けないわよ。あなたの体は、既に私の思うがまま」
     冴枝は奇妙な体勢で静止していた。
     今にも前に進み出そうとしているような、思い切り前傾した姿勢を、奇跡的に保ったまま固まっていた。まるで身体中に巻きついた糸に操られるマリオネットのように。
    「うう……」
     冴枝は束縛から逃れようと身を捩ったが、銀色の錦糸は微動だにせず、余計に締め付けが強くなるだけだった。ぎりぎりと糸が食い込む音が慎二にも聞こえた。
    「ああああ!」
    「榊っ!」
     大介は呆然と成り行きを見ていたが、冴枝の悲鳴で我に返ったように冴枝の名を呼んだ。しかし立ち上がろうにも大介の片足は使い物にならない状態だった。
    「さあ、生徒会長さん……これをどうぞ」
     美千瑠は左手に持った弾倉を冴枝に差し出しながら、右手の糸を僅かに動かした。
    「あっ――」
     冴枝の左腕が糸に引かれて前方に持ち上がり、弾倉を掴んだ。
     さらに美千瑠は糸を細かく動かし、それに呼応するように冴枝の身体は滑らかに動作した。
     左手に掴んだ弾倉を、右手の拳銃に近づけた。
    「あ」
     弾倉を、拳銃のグリップの底から、しっかりと奥まで挿し込んだ。
    「あ」
     左手が拳銃のレバーを挟み、手前に引っ張って離した。
    「あ」
     ガシャリと音を立てて、薬室に銃弾が送り込まれた。
    「あ」
     右手の親指では届かなかったので、左の掌で重い撃鉄を起こした。
    「ああ――」
     拳銃を持った右手が、ゆっくりと上へ持ち上げられた。
     ゆっくりと。
     ゆっくりと。
     冴枝の、右のこめかみに向かって、銃口が持ち上がっていった。
    「ああああああああああああああああ――――――」
     銃声が木霊した。
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