By the words of WIZARDS

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  •   第三章 紅い衝動  

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    「いやあ、お前って本当、ツイてるよなあ」
     唐沢大介は無駄に大きな声でそう言うと、慎二の肩を、ばしん、と叩いた。
    「何が」
     大介のテンションの高さに反して慎二の声は沈んでいた。
    「だってよ……天下の優等生が珍しく遅刻かとこっちは期待してたってのに、偶々今日の一限が自習になるなんて、ツイてる以外の何だってんだ?」
    「そんな期待してどうするんだよ……」
    「俺だけじゃねえと思うぞ? 多分、このクラスの全員が心の中では残念がってるはずだ」
    「絶対に勘違いだからね、それ。大介みたいに心の狭い人ばかりじゃないんだよ……」
     慎二の突き放すような口調に大介はわずかにたじろぐ。
    「お前、昨日からなんかおかしいぜ。……何かあったのか? 相談ならタコヤキで乗るぜ?」
    「…………。……なんでも、ないよ」
     慎二は思う。大介は一見粗暴だが、その実、勘がいい。昔からそうだった。そのギャップに慎二は時折不意打ちを喰らってしまう。
    「そうか? ……まあいいぜ。だが忘れんな。俺はお前の味方だからよ」
     そして、必ず直球なのだった。
    「……キザだよね、大介って」
    「へっ。生徒会副会長たるもの、それくらいのカリスマがあって当然だろ」
     キザな台詞とカリスマとがどう結びつくんだよ、と慎二は苦笑する。
    「……やっぱり、勝てないよなあ」
    「なんか言ったか?」
    「いや、なんでも」
    「珍しいと言えば――あの規律の権化みたいな教師が無断欠席ってのも信じられんがな」
    「…………。そうだね」
     慎二が高校に着いたのは九時三十分。一時間目の授業が丁度終わる頃だった。
     遅刻どころか完全な欠席である。だが担当教師が欠勤し不在だったため出欠が取られず、慎二は実質的に出席したものと見なされていた。
     欠席の憂き目を免れた慎二の心は、しかし全く晴れなかった。そもそも今日は登校などできないと思っていた。美千瑠が自分を自由にするはずがない。だが彼女はあれきり慎二が何を聞いても話さなくなってしまった。仕方なく慎二が登校の支度を始めても、彼女は咎めるどころか慎二のことなど目に入っていないかのようにぼうっと紅茶を飲んでいた。慎二はその姿を尻目に何事も無く堂々と学校まで歩いてくることが出来たのだ。
     大介は偶々だと言ったが――桂綾子が学校に出てこない理由が慎二には分かっていた。分かりたくもなかったが。
     桂綾子は既にこの世に居ない。彼女は頭部を吹き飛ばされて死んだのだ。
     慎二の知る限り、美千瑠と自分以外に犯行の目撃者は居なかったが、あれだけ目立つ死体が今朝までに発見されないとは考えづらい。
     だが、少なくともこの高校では単なる「無断欠勤」として扱われているらしい。騒ぎになっていない所を見ると、ニュース等での報道もされていないのだろう。その事が慎二には不気味に思えてならなかった。
    (死体が消えた――? いや、そんなことがあるはずが――)
    「おっと、もうすぐ二限が始まっちまうな」
     大介はそういって席を立った。これ以上他人の席を独占するのは大介も気が引けるらしい。
    「そんじゃ、俺は退散するわ――あれ? 今日は御牧も来てないんだな」
     慎二の心臓が跳ね上がった。大介の方から切り出されるとは思っていなかった。
    「……そ、そうみたいだね」
    「ふうん。そういやお前、昨日御牧がどうのって言ってなかった?」
    「え――ああ、確かに言ったけど」
     昨日の四時限目の授業――奇しくも桂教諭の数学だった――に突然御牧美千瑠の目が金色に光った。それがきっかけで慎二は美千瑠のことが気になりだし、昼休みに大介に美千瑠のことを訪ねたのだった。
    「けど、何も教えてくれなかったよね」
     慎二が美千瑠について質問したとき、大介は躊躇するような言い方をしていた。あの時慎二はさして気にしなかったが、昨夜の美千瑠の告白があった今はそれが何か意味を持っているように感じられた。
     しかし大介は慎二の思惑をよそに、あっけらかんとした様子で言った。
    「あー、昨日は悪かったな。実は御牧と俺、一年の時は同級だったんだ」
    「彼女、大介と同じクラスだったのか」
     まったくの初耳だった。
    「あまり親しくなかったの?」
    「いや、ある意味では、かなり親しかったと言えるかもしれねえな」
     大介はバツが悪そうに髪を指先で弄りまわしている。ワックスの付けすぎだと慎二は常々思っているが、直接それを口にしたことはない。
    「僕が訊いた時に教えてくれれば良かったじゃないか」
    「まあそうなんだけどな……ちょっと言いづらい事情があったんだよ」
    「今もまだ言えない?」
     慎二が訊くと、大介は興味深そうにその顔を覗きこんだ。
    「お前って、他人の話に首を突っ込むの嫌いだと思ってたが」
    「昨日からそうじゃなくなった」
    「へえ……そう」
     大介はなにやら興味深そうに慎二を見る。慎二は昨日の事件を見透かされるような気がして、慌てて目を逸らした。
    「別に大した事じゃないし、大介には関係ないよ」
    「……俺が御牧と付き合ってたとしても?」
     慎二は絶句した。
    「どうなんだよ。もし、俺があいつの彼氏だったとしたら」
    「――どうもしないっ」
     慎二は自分でも驚く程大きな声を発していた。大介もやや目を見開いて慎二を見ている。
    「――どうもするわけ、ないだろ」
    「お? ――なんだよ、もしかして妬いてんのか?」
    「…………」
    (何ムキになってるんだ、僕は)
     何故か自分が赤面しているのを感じる。
    (嫉妬なんかする理由が無い――。御牧さんは味方なのか敵なのか、それすらはっきりしていないんだ……僕は彼女のことを知っておかなきゃならない。それだけだ)
     深刻な顔で黙り込んだ慎二に、大介はやや真面目な声で言った。
    「へえ……結構マジみたいじゃん?」
    「茶化さないでくれ」
    「わかった、わかった。……さっきのは仮に、の話だって。付き合っちゃいねえよ。一年の時に俺が告って振られた。ただそんだけだ。からかってすまん」
    「え――あ。そう……だったんだ」
    「おう」
    「…………。ごめん」
    「おう。俺の古傷を抉った罰として、今度たこ焼き奢れよな!」
     大介は快活な笑顔を見せてまた慎二の背中を叩く。また大介に救われてしまった。傷つけたのは慎二だというのに。
    「大介」慎二は意を決して、訊く決心をした。
    「あんだよ。しつけえと女に嫌われるぞ。もちろん俺にもだ」
    「御牧さんって、ちょっと変わった所がなかった? ――たとえば、その。人と違う力があるとか」
     長身を屈めて教室のドアを潜ろうとしている大介に慎二は最後の質問をした。昨夜美千瑠が語った話を、大介も知っているかだけでも確認したかった。
     しかし大介の答えは全く的外れだった。
    「――ニーソックスが異常に似合う超絶美人」
     大介は「そんだけ」と言って子供っぽく笑ってみせた。不思議と慎二は安堵した。やはり大介は大介だった。慎二を取り巻くこの奇怪な事件には、関係がない。
    「そっか――ありがと」
    「ああ。たこ焼き、忘れんなよ」

     自分の教室へ帰っていった大介と入れ替わるようにして、二時限目の国語教師が入ってきた。ガタイの良い大介と比べるととても小さく見える眼鏡をかけた地味な教師で、授業も期待に違わず退屈だった。授業に工夫も熱意も感じられない。
     文字通りお経のような教師の説明を適当に聞き流しながら、慎二は昨日の出来事を思い出した。
    (どうして僕が――桂先生に命を狙われなきゃならないんだ)
     慎二はつい一昨日、いや昨日の四時間目までは、至極真っ当などこにでも居る生徒として生活できていた。それが、何の前触れも無く崩れてしまった。慎二の夢の中の出来事でないということも、桂綾子の失踪と、美千瑠が慎二の家に居たことにより、否定できない事実となっていた。
     ――私は、魔法使いです。  最初の内、慎二は全く信用していなかった。それでも興味のある素振りを見せたのは、美千瑠から話を引き出すためだった。自分の身に降りかかった出来事を合理的に説明するために少しでも情報が欲しかったのだ。
     だが結果、美千瑠の常人ならざる力を再認識することになってしまった。
     そして何よりも気になっていたのは、慎二の両親のことだった。
    「父さんと母さんが魔法使いだって……? そんなの、信じられるかよ……」
     現に、その息子である慎二には何の力もない。  慎二は自分に言い聞かせるようにしたが、それでも気になるものは気になった。  慎二の思考は結論の出ないまま堂々巡りを続け、午前中の残りの授業も不毛に過ぎ去っていった。
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