By the words of WIZARDS

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        5

     数時間後。
     いつまでも高く昇っている様に思われた太陽も傾きかけた頃、庭の雑草がようやく全て撤去された。
    「だあー、やっと終わってくれたか」
     冴枝の隣で日陰の下に倒れこみながら、大介が大声でぼやいた。
    「これくらいで……情けないわね大介は……」
     冴枝が呆れたように大介を見下ろして言った。そしてすぐに自分の失言に気付いて顔を真っ赤にさせたが、それに気付いたのは慎二だけで、当の大介は、
    「てめえふざけんなよ! 監督とか言っといて、途中から日陰で本読んでただけじゃねえか!」
     と子供のような反論をしてまた冴枝と口喧嘩をはじめた。
    「はあ……」
     今日何度目かになる溜息をついて、慎二はお盆にのせられた紙コップの麦茶を手に取り、一口飲んだ。心地の良い疲労感が広がっていくのを意識しながら、慎二は茜色に染まりかけた空を見上げた。
     夕焼け雲が一片、取り残されたように浮いている。見ていると、慎二はなぜか言い知れぬ寂しさを覚えた。
    ―慎二―
     桂が頭の中で語りかけてきた。
    ―その呼び方は、初めてですね―
     慎二も心の声で答えた。桂は慎二の指摘には触れずに言った。
    ―この事を言うべきかどうか、私はとても悩んだ。だが、やはり言うべきだと思う。聞いてくれるか―
     慎二は軽く頷いて肯定を示した。
    ―九年前に居なくなった貴様の両親……桐嶋夫婦を殺したのは、私だ―
     慎二は黙っていた。桂綾子の言葉を待つべきだと思った。
    ―当時の私は……理事長と全く同じだった。超越的な力をもつ魔法使いに憧れ、嫉妬し、羨望していた。そして、コイル≠フ噂を聞くと、それを手に入れようと必死になった―
    「――――」
    ―私はコイル≠ェ上ヶ崎高校にあることを突き止めその蓋を開けようとした……だが、私は勘違いをしていたんだ。コイル≠ヘ魔力を生み出す装置でも、不可能を可能にする魔の釜などでもなかった―
    「じゃあ、何だって言うんですか」
     慎二の突然の言葉に、大介と冴枝が振り向いて変な顔をした。
     だが桂は構わず話を続けた。
    ―コイル≠ヘ何かをなかったことにする事で使用者の願いを叶える。そういう装置だった。『使えば必ず不幸な事が起こる。だからやめたほうがいい』……貴様の両親はそう言って私を止めようとした。……彼らはコイル≠フ作成者だったんだ―
     桂の溜息が聞こえた。
    ―上ヶ崎高校に在学中に作ったんだそうだ……まったく、それを聞いた時は言葉も出なかったさ。貴様の両親は天才だった……そして、桂綾子という馬鹿な魔術師のために命を落とすほどに、人が良かった―
    「――そう、だったんだ」
     慎二の独り言が聞こえたのか、隣の大介は妙な目で慎二を見たが、突然何かに気づいたように顔を別の方へ向けた。
     再び桂の声が聞こえた。
    ―私は愚かだった……私はコイル≠ノ、強大な魔力と魔法を授けてくれるよう願った。どうなったと思う……コイル≠ヘ私を消滅させて、いなかったことにしようとしたんだ。桂綾子という人間がそもそもいなければ、願いを叶えなかったことにはならないからな。貴様の両親は、私の身代わりになって、コイル≠ノ消されたんだよ。だが、コイル≠起動したにも関わらず、貴様は無事だった。正直、驚いた。……確かに貴様は、魔法使い°ヒ嶋の人間だ。そのことを、誇っていい―
    「そんな大したことじゃないよ」
     ただ、また皆と会いたかったんだ。  あれから二ヶ月。慎二の心の中にわだかまっていた疑念や疑問が、ようやく全て氷解した。
     桂がコイル≠誰にも触れさせず護っていた理由。
     桂が自らの存在を慎二の中に植えつけた本当の理由。
     いつの間にか、慎二の目には涙が溢れていた。
    (父さんと母さんが助けた人が……僕を守ってくれたんだ)
     慎二の心には、もう、寂しさは全く無かった。
     その時、大介が慎二の肩を叩いた。
    「おい、上客が来たぜ」
     大介が指差した、その先に――美千瑠が立っていた。
     僅かにグレーを溶かし込んだような長い黒髪に結ばれた黄色いリボンが、微かに風に揺れている。見慣れた学生服姿ではなく、控えめな色合いのワンピースを着て、手にはランチボックスを提げていた。
    ―言い忘れたが―
     桂綾子が再び割り込んできた。
    「何だよ。ちょっとしつこいよ、先生」
     なんとなく邪魔されたような気分になり、慎二は文句を言った。
     桂は妙に楽しそうに言う。
    ―ふん。これが最後だ。これ以上無粋な真似はしないさ―
     桂はそう言うと、ふっ、と不敵に笑った。そして、照れくさそうに告げた。
    ―私は今回心に誓っていた。何があろうとも、彼らの息子である貴様を守ろうとな。だから貴様に『魔の釜』に対抗できる魔術式を注入しようとしたんだ―
     慎二は桂に襲われた時のことを思い出し、噴出した。
    「先生……あれじゃあ殺されるとしか思えないよ」
    ―すまん。確かにそうだったようだな。それで、いきなり守護者に頭を吹き飛ばされた時は、さすがに私も終わったと思った―
    「え――」
    ―あの守護者は、また私が裏切りに走ったと勘違いしたらしい。私には前科があるし、お前を守ることについては奴に事前に相談していなかったから、無理もないがな。私は私で、まさか守護者がお前を『運び屋』の役に選んでいるとは思っていなかったしな……油断していた。不幸な行き違いだったよ。なんとか『私』を貴様の中に移植できたのは僥倖だった―
     まあ、身体がないというのも悪くない気分だがな、と桂は慎二の頭の中でくつくつと笑う。
    「じゃあ、僕はどうして」
     慎二の意を察して桂は応える。
    ―ふん。『運び屋』の選定に私は関与していない。守護者に訊くことだな―
     心の中の声が聞こえなくなると同時に、慎二は涙を袖口で乱暴に拭いて立ち上がった。
     美千瑠は開いた門の内側で佇んだまま慎二達を見ていた。
     慎二が傍までやって来ると、美千瑠は恐縮したように言った。
    「あの……急に来てごめんなさい……大介さんから話を聞いて、お腹空いてると思ったから……サンドイッチ、作って来ました……」
    「そ、そう……」
     美千瑠は何か言いたげな様子の慎二を見上げる。
    「あの……私の顔に、なにか?」
    「いや、いやいやいや! なんでもないよ!」
    「そう、ですか……」
     美千瑠は慎二の一歩手前まで近づき、しげしげと慎二の顔を覗き込む。
    「なんだか……桐嶋さんには以前、とても申し訳ないことを……何かよくないことに巻き込んでしまった様な気がします……なんででしょう? 自分でも不思議です」
     慎二は驚いて少女を見返した。
    「消えて……ない……」
     そう、消えてはいない。何もなかったわけじゃない。たとえ彼女の記憶と魔法の力が消えてしまったとしても。だって、僕達はここに、こうして。
    「はい? ……ひゃっ」
    「ありがとう」
     ――出会えたんだから。
     慎二は美千瑠の頭を撫でていた。無意識の行動だったので、そのあと何をすればいいのか分からなくなってしまう。
    「な、なにを……びっくりするじゃないですか――あぅ」
     照れくさくて、少し乱暴に撫でてやる。慎二が空を見上げると、さっきまで一人ぼっちだった夕焼け雲が、知らぬ間に仲間を増やして、慎二達を見下ろしていた。
     こういう時、何て言ったらいいんだ? なあ、教えてくれよ。
     仲良さげに浮かんでいる雲達に慎二は問いかけてみた。
     雲は応えない。ただのんびりと風に漂っている。  そりゃ、そうだな。慎二は苦笑する。僕は魔法使いだ。自分のことは自分で決める。
    「あの……桐嶋……さん? くすぐ……たいです」
    「あ、ああ。ごめん」慎二は慌てて手を離す。つられてまた目を逸らしそうになるが、必死に耐えて、少女の瞳を見つめる。
    「……君に伝えなきゃいけないことがあるんだ」
    「私に、ですか?」
    「ああ。かつての君と、今の君のため――そして僕自身のために」
     我ながら、気障にすぎるかな、と慎二は思う。でも、今は、これでいい。
     慎二は、これから少女に語ることになる長い話の、その最初の一言を口にしようとして、再び空を見上げる。並んだ雲の中でも一際大きい奴に、慎二は呼びかける。
     やっぱり、少し助けてくれないかな。僕はまだまだ新米だから、うまくやれるかどうか、自信がない。どうしても失敗したくないんだ。今度という、今度は。
     慎二が必死に見つめていると、雲は、やれやれ、と肩を竦めたように見えた。仕方がない、今回だけだぞ。
     わるいね。慎二は内心で詫びる。この借りはいつか、きっと返す。
     真っ赤な太陽に染められたその雲に、慎二は祈った。頼むぜ。これをクリアしたら、その後は絶対うまくやって見せてやる。記憶が消えてたって、僕が思い出させる。だってそうだろ? どうして僕を『運び屋』役とやらに選んだのか、はっきりこいつの口から聞かせてもらう。銃を突きつけられたことの借りを返してもらわなきゃならないしな。台所を爆発させない程度には、料理の腕を上げてやる必要もある。それに、『魔の釜』をずっと護ってきて、そのために人も殺して、仕舞いに記憶を消されるなんて、そりゃ一体どんな青春だよ? こいつはもっと報われていい。友達だって沢山できる。もう寂しい思いなんて――たった一人で苦しむことなんてないんだ。そうでなきゃ嘘だ。魔法の力だって、僕が一から学んで、それから教えてやるさ。幸い魔法使いの息子だし、才能には事欠かない、と思う。事欠いてたって知るものか。僕がこいつを幸せにする。それだけは約束する。だから、教えてくれ。最初の一言を。これからの物語を紡ぐ、最初の一歩を、どうか手助けしてくれ。はっきり言えばこうだ。我ながらこっ恥ずかしい上に情けなくって泣けてくる。けど後には引けないんだ。だから頼むぜ。
     そうして慎二は、最後に訊いた。
     愛の告白はどうしたらいい。――魔法使いの言葉では。


    "By the Words of Wizards" END
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